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フニャコフニャオ

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  • てんとう虫コミックス・短編第41巻第4話『未来図書券』(37頁)


[解説]「フニャコフニャオ」の『宇宙剣士バイロン』の最終回をジャイアンとスネ夫はもう読んでいた。『ハラハラコミック 十二月号』は未発行であったけれども、スネ夫のパパが印刷会社の社長さんと知り合いで、十二月号のゲラ刷りを手に入れたため、スネ夫たちは読むことができた。最終回は「最後のクライマックス!」で非常に盛り上がっている。

「フニャコフニャオ」は「藤子・F・不二雄」のパロディ版である。

藤子・F・不二雄(1933~1996):日本を代表する漫画家。富山県高岡市出身。安孫子素雄A(藤子不二雄A)とともに藤子不二雄としてコンビを組み作品を発表した。代表作品として、『ドラえもん』、『パーマン』、『キテルツ大百科』、『エスパー魔美』、『21エモン』などを挙げることができる(ウィキペディアによる)

藤子・F・不二雄:本名・藤本弘。1933年、富山県に生まれる。小学校5年生の時に出会った同級生・安孫子素雄とコンビを組み、51年、「天使の玉ちゃん」(『毎日小学生新聞』)でデビュー。54年に二人で上京し、”藤子不二雄”の合作名で執筆活動を続け、「オバケのQ太郎」など数々の名作を生みだす。87年にコンビを解消し、藤子・F・不二雄として、活動を続ける。63年、第8回小学館漫画賞を受賞した「すすめロボケット」「手ぶくろてっちゃん」、82年、第27回同賞、73年、第2回、94年、第23回日本漫画協会賞、97年、第1回手塚治虫文化賞を受賞した。「ドラえもん」のほか、「パーマン」「エスパー麻美」「ウメ星デンカ」「21エモン」「キテレツ大百科」など作品多数。96年没(現代漫画博物館別冊・資料編による)

「ハラハラコミック」は「コロコロコミック」のパロディ版である。

コロコロコミック:1977年4月15日に小学館から創刊された小学生向けの月刊誌。小学生に根強い人気があり、ファミコン、ドッジボール、ポケモン、ミニ四駆、ビーダーマン、デュエルマスターズなど様々なブームや社会現象を巻き起こしている。藤子・F・不二雄の漫画作品であるドラえもんは当初は小学館の学年誌に連載されていた。コロコロコミックは学年誌へ掲載されたドラえもんの総集編の色合いが強い雑誌として創刊された。そのため、創刊号の表紙は「ドラえもん」という文字が「コロコロコミック」という文字よりも大きな字で書かれている。創刊当初は毎号ドラえもんが100ページ掲載されているのがセールスポイントだった。なお、創刊号は200ページ、第2号は150ページ掲載されていた。映画作品の原作である大長編ドラえもんを映画公開前に掲載するなど、ドラえもんを前面に打ち出し、そのほかにも多数の藤子作品が掲載された(ウィキペディアによる)

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